そもそも「バラバラ死体」って言い方どうよ

言い方が軽すぎます。「万引き」とか「暴走族」とかも、なんか前から言われてるみたいですけど命名の仕方に問題があるとか。

名前の響きがライトなかんじってのも含めて、それと同時に扱い方があまりにソフト。ってかセンセーショナルに扱いすぎ。もうちょっと言えば、死体を見慣れない現代の先進国と呼ばれるとこに住んでる人にとっちゃ、死体、かつたとえば他殺体がそこにあるってだけで異様なことなのに、本来くっついてるもの・くっついてるのがあたりまえのものが切り離されてるって今まで考えてきた常識がくつがえされるようなもんを実際目の当たりにしたとしただけでホントはすごく恐ろしいことなんですよ。(先進国とかつけてみたのは、発展途上国(と呼ばれるとこ)ではたぶん死体は現実と同居するもの。悪いことではなく、むしろ前者が異常であるんだと思います。養老さんの受け売り)

一文の文章を長い文章書くつもりで書き始めてたら、おもわず途中で人と話したので、意味が通らないもんになってたらすいません。

とにかくいじめと同様メディアの力は異様なことをそうと思わせない残酷な威力を持ってますので、常にある一定のじぶんの意識ってもんを維持しようと思ってないと頭がへんになりそうです。(まあそのじぶんって基準も危ういものですけど)

そもそもサスペンスって存在がダメです。サスペンスって発祥は(私が思い込んでるのは)ヨーロッパとかの小説とかだと思うんですけど、たぶん想像ですが、そのころは人が恐れる死ってものを揶揄したような、落語みたいな、結構人の生死の価値観と近いものだったと思うんです。それが今は死体とか殺し方とか、じぶんから遠い存在としてのものと、いわゆる1つのジャンルのように空想化された、じぶんとは関係ないものとしての価値観だけが残ってしまってる気がします。
それがワイドショーと連携をとってる気がします。まあ人の価値観とか流行とか含めていまだに作られる基準はテレビ・ワイドショー(ニュースと呼ばれるものも含む)だと思います。

聞くところによるとそういうのってニュースステーションから始まったそうですが、若者がニュースに関心を持ちやすいようにバラエティのように過剰に演出された番組がだんだん作られるようになったそうですが(ワイドショー)、それが大の大人へも影響を与えてしまうとは考えたでしょうか?子供にわかりやすいように報道したいという気持ちはわからないでもないですが、結果的に国民の民度って言われるようなものを著しく下げてる気がします。




だんだんただ感情的に書く方向になってきたんですが、とりあえず今のバカみたいな報道を続けてる限り影響される(殺人方法に興味をもつ)人が出てくるのはもう確実です。(たとえ犯罪という形で表面化されなくても、犯罪未満の精神面での人格形成に与えてる(無責任でなげやりな)影響は計り知れない)
ただ、前も言った気がするんですが映画の「シカゴ」見て、昔っからマスコミとはこうあるべきものだったようなので、ほとんど未来永劫この形態は変わらないんでしょうね。報道する人と視聴者との関係性は。視聴者が(もちろん私含め)高い精神力をもってれば費えるようなこともあるんでしょうけど、たぶんムリ。
っていうかこれ書いてて、だんだんグラデーションのように野次馬根性はただの人間の側面であるようなことに気づいてきた気がします。
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by chemicalbird | 2007-01-11 23:02 | ニュース  

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